日々感じた事・・・。


by qwert.6
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『 沢田研二 』

誰にでも「コンプレックス」というのは持っていますよね?(笑)
たとえどんな“美女”“美男”でさえ・・・その美しい顔に不満の部分がある・・・。
しかしコンプレックスは他人からみてどうこうというものではなく(笑)
あくまでも個人的な問題???(笑)
ジュリーこと沢田研二でさえも・・・
「自分のこの顔がいけないんじゃないかと思ったことがありました。
男の客には受けない。これはこの顔がじゃましているんだって」と言っていました。
今やごく若い人には、ピンと来ない状況になっているのかも知れませんが(笑)
GS(グループサウンズ)時代の沢田研二の人気は他を圧していました。
でも沢田研二は順風満帆の芸能生活を送っていたわけではなく、
ロックコンサートでは「帰れ」「引っ込め」という罵声を浴び、
空き缶さえ投げつけられた時代もあったようです。
グループ解散後はソロとして活動し、
昭和47年「許されない愛」で、NHK紅白歌合戦に初出場。
昭和48年「危険なふたり」がヒットしてレコード大賞大衆賞を受賞。
以降「追憶」、「時の過ぎゆくままに」と連続して紅白に出場。
52年に「勝手にしやがれ」「憎みきれないろくでなし」で、
“レコード大賞”への勝負をかけました。
しかしこの年はとんでもない怪物「ピンクレディー」の二人組がおり、
レコード大賞候補曲としては、
「津軽海峡冬景色」(石川さゆり)、「秋桜(コスモス)」(山口百恵)、
「愛の終着駅」(八代亜紀)、「思秋期」(岩崎宏美)、
「愛のメモリー」(松崎しげる)、「星の砂」(小柳ルミ子)、
「気まぐれヴィーナス」(桜田淳子)等の・・・名曲が揃っていました。

そして・・・。
「勝手にしやがれ」がレコード大賞受賞。

後に沢田研二は語っています・・・「初めて大人扱いされたと思った」と・・・。
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by qwert.6 | 2004-11-25 09:04